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6つのエネルギー源
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6つのエネルギー源





自分の生きる価値を失っていく日々
わたしが初めてモチベーションの維持について真剣に悩んだのは、大学4年生の頃です。

「この先、自分は何がしたいんだろう?」という疑問が始まりでした。

この疑問が段々と膨れ上がり、「今まで自分は何をやってきたんだろう?」「何の為に生きてきたんだろう?」「これから何の為に生きていけばいいんだろう?」という不安や恐怖に変化してきました。

正直に言うと、何となく働くのが嫌でした。自分でも情けないと思います。

自分の好奇心を経済的な安定の犠牲にするようで、大きな社会の渦に飲まれて、ただ生活の為に働くような大多数の人たちの仲間入りをするような感じがして、何となくそれを受け入れることを無意識のうちに拒んでいました。
太陽に怯える日々
当時は自分の奥底に潜む感情に気付かず、無意識に漠然とした不安や恐怖を積もらせていき、ふと気がついたら「うつ病」になっていました。

病院に通っていたわけでは無いので、正確にうつ病だったかどうかはわかりませんが、気がついた時には、自分の身の周りのあらゆるものに対する興味、好奇心が完全に失われていました。

食欲や睡眠欲はまったくなく、食べ物を口に入れても味を感じず、味覚は完全に麻痺し、眠っても眠った気が致しませんでした。

夜を迎えると、「今日も自分は何も価値のあることができなかった」と嘆き、誰の役にも立てない(と思い込んでいた)自分を責め、部屋で1人布団に噛りついて泣いていました。

夜の間はずっと、自分の中の不安と恐怖と自己嫌悪と戦って過ごし、涙を流しながらただ狭い部屋の中をうろうろ彷徨うことしか出来ませんでした。

「また昨日と同じように何も出来ない1日が始まるのか・・・」そう思うと、朝日が昇るのが怖くてたまりませんでした。
焦燥感と孤独感に襲われる
何かをしなければならないのに、何もしたくない。何もしたくない。何もしたくない・・・。食事も睡眠もしたくない。こんな自分は自分じゃない。とても受け入れられない。でも変わることも出来ない・・・。

いつからこんな自分になってしまったのだろう?どうやったら昔の自分に戻ることが出来るだろう?せめて誰にも迷惑をかけない自分に戻りたい・・・でもどうやったら変われるのかも分からない・・・そんな焦りがただただ積持っていくだけでした。

本当は誰かに助けを求めたくてたまりませんでした。

でも、こんな情けない自分の姿は誰にも見られたくないし、きっと誰も理解してくれないし、誰も受け入れてくれるはずがない・・・そう思い込んでいたわたしは、勝手に自分を追い込み、言い知れない孤独感に襲われていました。
いつ、どこで、どのようにして死のうか?
誰にも相談できず、無味乾燥とした無感動で孤独な毎日の繰り返しに耐え切れず、もういっそ死にたいと思うようになっていました。

いつ、どこで、どのようにして死のうか?そんなことばかり考えていました。

でも、怖くて自殺する事も出来ませんでした。そんな自分が情けなく、惨めで、悔しくて、でも何かをする気力が湧か無くて・・・そんな自分をまた責める・・・本当に地獄のような最悪の精神状態でした。
母の一言が救ってくれた
「どうしたら昔の自分に戻れるんだろう?」誰かに相談したくてたまりませんでした。

でも、こんなみっともない姿は誰にも知られたくないし、「何もしたくない」何て情け無くて誰にも相談出来ませんでした。何より、ここまで育ててくれた両親に対して申し訳無くて、仕方が御座いませんでした。

それでも苦しくて辛くて、地獄のような精神生活を終わらせたくて、ついに実家に電話してみました。最期に、自分を生んでくれた両親に謝っておかなければならない・・・そう思って、電話しました。

そのとき電話に出たのは母でした。

普段、自分から電話をする事はまったくなかったので、母は珍しそうに「どうしたの?」と応えました。

・・・その声を聞いた瞬間に、涙が溢れてきました。

「ヤバい・・・泣いていることがバレる・・・早く何か喋らなきゃ・・・何か・・・」何でもいいから喋ろうとがんばっても、涙で喉が潰れて、何も言葉が出ずに、ただ声を殺して泣くことしか出来ませんでした。

「もしもし?どうしたの?」母の声が聞こえる度に、涙が溢れてきて、なおさら声を出すことが出来ませんでした。

一言も発しないわたしの異常に気づいた母は、わたしが何かを話し出すのをただひたすらじっと待ってくれました。

「・・・もうダメかもしれない・・・」

涙で詰まりそうな喉からやっとの思いで出た一言でした。

「・・・明日、家に帰っておいで」

思いも寄らない一言でした。「情けない・・・もう良い大人なんだから、1人で頑張りなさい」そう説教されるに決まっていると思い込んでいたわたしにとって、「こんな自分でも生きていて良いんだ、まだ居場所があったんだ」と思わせてくれるような、喉から手が出る程欲しかった一言に、涙が止まりませんでした。

その夜、一生分の涙を流しました。
成功哲学難民
こんな情けない自分でも、親に受け入れられたことで気が楽になり、その後は実家に戻ることもなく、少しずつ元の自分を取り戻していきました。

「自殺?自分で命を絶つ何てもったいない。信じられない。」生まれてからずっとそう思っていた自分が、何故自殺願望を抱くまでの精神状態になってしまったのか?

「モチベーション」というテーマに興味が湧き、研究し始めたのはそれからでした。

それからは成功哲学、心理学、脳科学、精神世界等、ありとあらゆる世界・分野の本や人と出会い、独学で研究を続けていました。

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しかし、どれも一時的にモチベーションをあげてくれるだけで、真の意味で、長期的にずっとモチベーションを維持させてくれる方法には出会えませんでした。

いろいろな本を読み漁っては捨て、また新しい本に飛びつくことの繰り返しをして、気がついたら成功哲学の難民状態に陥っていました。
やっと出会えた真のモチベーション維持方法
いろいろな本を読み漁り、いろいろなプログラムに参加して、やっと素晴らしい先生と出会いました。この出会いは単なる偶然だったのかもしれませんが、ずっと知識を求めていた自分の態度が引き寄せてくれたようにも思います。

その先生の教えで興味深かったのは、モチベーションは「エネルギー」だと考えていることでした。

「車がガソリンというエネルギーで動いている」ように、
「わたしたち人間は、モチベーションというエネルギーで動いている」というのです。
6つのエネルギー源
人間がモチベーションというエネルギーで動いているというのは、考えてみれば当たり前のことですが、その先生は長期的にモチベーションを維持する為に「6つのエネルギー源を意識している」と教えてくれました。

この話を聞いたときに、今まで蓄えてきた多くの知識が、全て1つに繋がりました。
バラバラだったパズルのピースが1つの絵に完成したような感覚です。

本を読んだり、人の話を聴いたりした直後だけモチベーションが上がるような持続性のないものではなく、長期的にずっとモチベーションを維持しつづけることができなければ、特に大きな目標は達成する事が出来ません。

始めの一歩を踏み出すことは重要ですが、その次の一歩、またその次の一歩を踏み続けなければ、ゴール(目標)に辿り着くことは出来ません。

ゴールに辿り着けない原因の多くは、単純にエネルギーが不足しているためでした。
行動力、集中力、記憶力も向上
この「6つのエネルギー源」を生活に取り入れ始めてから、常にモチベーションを高い状態にキープ出来るようになりました。

ネガティブ思考によって一時的にエネルギーが低下する事はあっても、このエネルギー源を意識的に取り入れることで、直ぐに回復する事が出来るようになりました。

行動力、集中力、記憶力等も向上し、今までよりも精神的な活動が何倍も豊かになりました。どんな悪いことが起きても、直ぐにポジティブな側面を見つけることができ、失敗という概念が完全になくなりました。

「失敗は学ぶ経験である」と心の底から思えるようになり、昔の自分とは180度異なる真の積極性を手に入れることができました。
発明王のモチベーションの秘密
エジソンが電球を発明するのに1万回以上も実験を繰り返せたのは、彼に「失敗」という概念がなかったからです。

彼は1万回以上の「学ぶ経験」を繰り返し、ついに不可能といわれていた電球の発明に成功しました。

多くの方が物事を続けられない理由、それは「失敗」という概念があるからです。

エジソンのように自分は「学ぶ経験」をしたと心の底から思うことができれば、物事を続けられない人はいません。

実際に、物事を続けられる人は、直ぐに諦めてしまう人が「失敗した」と思う所を「なる程!そう言う事だったのか!」と学びや気づきの経験、機会だと感じています。

自分の成長を自覚でき、結果が出ている実感があるから、物事を継続する事が出来るのです。

つまり、「出来事に対する解釈」が違うだけであって、起きている出来事はまったく同じなのです。だから、本当は誰でも何でも出来るし、何でもつづけることが出来るのです。

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